天声人語 20150608
2015-06-08 10:01
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神経を逆なでする不愉快事は世に多く、寝込みを襲う蚊の羽音は最たる一つだ。もうろうと聞き、見当をつけて頰のあたりをひっぱたくが、まず失敗に終わる。1週間ほど前、今季初の迎撃戦に夏到来を実感した▼人迷惑は古来不変らしく、清少納言も『枕草子』で「にくきもの」に置く。〈ねぶたしと思ひて臥(ふ)したるに、蚊の細声にわびしげに名のりて、顔のほどに飛びありく〉。そして〈羽風(はかぜ)さへ、その身のほどにあるこそ、いとにくけれ〉。小さいなりに羽風まで送ってよこすのが、とても憎らしい――とリアルだ▼当方、しつこさに負けて、ままよと刺されることもあった。病の媒介役なのを忘れがちだったが、去年のデング熱騒ぎ以来そうもいかなくなった▼東京都は今月を「蚊の発生防止強化月間」として啓発を進めている。空き缶や植木鉢の皿など身近な「水たまり」をなくしてボウフラの住み家を減らす。蚊になってから退治するより効果的らしい▼手元のことわざ辞典を開くと、「杯(さかずき)に孑孑(ぼうふら)がわく」と酒を早く飲むよう勧める表現がある。お猪口(ちょこ)ほどの水があれば繁殖するゆえの俗言だろうか。「水のないところに、蚊はたたぬ」を東京都は標語にする▼世界を見れば、蚊が媒介するマラリアで年に60万を超す人々が命を落とす。国内感染は長年ないが、温暖化とボーダーレスの時代である。デング熱も約70年ぶりの確認だった。〈一つづゝ殺せども蚊のへらざりき〉子規。転ばぬ先の杖で、増やさぬ目配りは大切だ。
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